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「ONE MORE CHATTER」16ミリフィルムと街の名画座と映写技師のお話 『シネマ ジャック&ベティ』

2011年12月28日

 

横浜は伊勢佐木町にたった一つ残った名画座、『シネマ ジャック&ベティ』を知ってますか?

1991年に開館し、今年で20周年を迎えた街の小さな映画館。シネコンがどんどん増える中、名画座の「ジャック」、単館系のロードショー館「ベティ」の2スクリーンで、新作から名画まで様々な映画を上映しています。

さてさて本日、編集Uはそんなレトロ好きにはたまらないジャック&ベティに遊びに行ってきました~

 

 

 

 

 

 

しかし本日の私のお目当ては、映画ではありません!

実はこのジャック&ベティ、映画だけでなく週末には監督のトークショーや舞台挨拶など色々なイベントを開催しているのですが、今回私が行った理由は、そこで「映写技師の肖像~映写室から見た神奈川の五〇年」という講演会が開催されるからでした。

 

 

 

支配人・梶原さん。上映が終わるごとにお客さんをお見送りしてくれます。

 

 

 

映写技師って?

簡単に言うと、映写機を使って、16ミリや35ミリフィルムの映画を上映する人のことです。

実はこの16ミリフィルムとその映写機、今はほとんど使われなくなっています。ビデオプロジェクターの普及により使用される機会が減り、15年前ほど前に生産が打ち切られたのだそう。今、これまでの35ミリフィルムでの上映から、データをネットを介して受け取り上映するデジタルシネマ上映に切り替わって来ています。

お話ししてくださる江崎さんは、神奈川県内で長年映写機を使って映画を上映してきた、まさに職人と呼べる方。

その方の話から、戦後から現在に至るまでの映画がたどって来た道、そして江崎さんの映写技師としての人生を、とても興味深く聞くことができました。

 

 

 

 

 

 

 

プロジェクターで写しているのは、シネマ・ジャック&ベティの映写室の様子です。

 

 

 

16ミリフィルムは元々、終戦後にGHQが民主主義を日本に浸透させるため、視聴覚教育を広めるのにアメリカの映写機を貸し出したのが始まり。

当時はテレビがなかった時代。

昭和35年〜50年くらいまで、16ミリフィルム映画は人々の間で爆発的な人気を呼びました。

江崎さん「映画館から出てくるとね、男性がみんな石原裕次郎みたいな歩き方になってるんですよ(笑)。映画館もすごい混雑ぶりで。フィルムはとても高価なもので、本数も限られているから、国鉄の客車で運んだり、航空便を使って運んだりしたんですよ。時間が勝負ですからね。そんな貴重なものを扱うため、認定状を持った映写技師がいないと、映写できなかったんですね」

かつて大活躍していた映写機。しかし製造はもう中止されてしまっている…。部品がないため、今ある物が壊れても、修理が出来ないのだそう。

江崎さん「映写機のリールが回る音は何とも言えない。あの音がなくなってしまうのは寂しいですね」。

アナログからデジタルへの移行で、たくさんの人が同時に映画を楽しめるようになった現在。しかし今、フィルムでしか見られない過去の名作があり、それを映写する技術を持った職人さんによって映画界は支えられてきたんだということ、その歴史を聞くことが出来たのは、とても貴重な体験でした。

シネコンで最新作を観るのももちろんいいけれど、選りすぐりの作品をそこでしか上映していない、そんな街の小さな映画館も、大切にしていきたいですよね。

ましてジャック&ベティは横浜に一つしかない名画座ですからね!

 

そんなことを思いつつ、講演会後、編集Uは『シネマ ジャック&ベティ』の副支配人・小林さんに突撃してきました!

小林さ~ん、アーバン読者のために何かプレゼント下さい!!

 

 

 

 

と、交渉の末…

どうなったかは結果ページで!!(1/3〜結果発表です!)

 

『シネマ ジャック&ベティ』

横浜市中区若葉町3-51(京浜急行 黄金町駅5分・市営地下鉄 阪東橋駅5分・JR関内駅 15分)

045-243-9800